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神戸地方裁判所 昭和51年(ワ)375号 判決 1982年2月25日

原告

浅沼千江美

原告

浅沼英樹

原告

浅沼久美

右法定代理人親権者母

浅沼千江美

右原告三名訴訟代理人弁護士

羽柴修

(ほか四名)

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

前田順司

(ほか九名)

主文

一、被告は、

1  原告浅沼千江美に対し、金三〇〇万円及び内金二五〇万円に対する昭和四九年九月二二日から、内金五〇万円に対する本判決確定の日の翌日から、

2  原告浅沼英樹、同浅沼久美に対し、各金一四〇七万七三九七円及び内金一二八七万七三九七円に対する昭和四九年九月二二日から、内金一二〇万円に対する本判決確定の日の翌日から、

各支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用中、原告浅沼千江美と被告との間に生じたものはこれを一〇分し、その九を同原告の、その一を被告の負担とし、原告浅沼英樹、同浅沼久美と被告との間に生じたものはこれを二分し、その一を同原告二名の、その一を被告の負担とする。

四、この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は、原告浅沼千江美に対し金三五六三万六一五六円、原告浅沼英樹、同浅沼久美に対し各金三〇一三万六一五六円、及び右各金員に対する昭和四九年九月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  右1につき仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱の宣言。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  当事者(原告ら)

原告浅沼千江美(以下原告千江美という。)は、本件事故で死亡した訴外浅沼久夫(以下訴外浅沼または亡浅沼あるいは単に浅沼という。)の妻であり、原告浅沼英樹、同浅沼久美(以下原告英樹、原告久美という。)は、いずれも訴外浅沼の子であり、原告らはいずれも訴外浅沼の相続人(相続分各三分の一)である。

2  本件事故の発生

訴外浅沼は次の事故により死亡した。

(一) 日時 昭和四九年九月二一日午後三時三〇分ころ

(二) 場所 神戸港内第七防波堤(以下七防という。)西端から南西方約一〇メートル海域付近

(三) 事故の状況

訴外浅沼が、前記日時場所において、同人所有の潜水作業船(船名なし、約三トン、以下浅沼船という。)から送気管により送気を受け潜水作業中、訴外平川信一(以下訴外平川という。)が操縦する運輸省所有汽船「はまかぜ」(総トン数三七・五六トン)が前記防波堤の北側海上を南西に向かい約三ノットの速度で航行し、浅沼船の側方約九メートルに接近して航行したため、右「はまかぜ」の推進器により前記送気管を切断し、前同日同時ころ右海中において訴外浅沼を窒息死するに至らせた。

3  被告の責任

(一) 本件事故は訴外平川の過失により発生したものである。

すなわち、訴外平川は第五防波堤から七防に接岸するまでに浅沼船を視認し得たのみならず、七防の北側海上を南西に向かい航行し浅沼船を左前方三〇ないし四〇メートルに認めた際においても、潜水作業船が工事現場付近海域にけい船し、海中において潜水作業中であることが十分予測することができ、さらに日常本件現場付近の海を航行していて潜水作業船の作業及びけい船状況を熟知していたのであるから、直ちに「はまかぜ」を右旋回または後退させて浅沼船と十分な距離を保って航行し、それにより潜水中の作業員や送気管に対する接触等による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったにもかかわらず、同人はこれを怠り漫然と浅沼船の側方約九メートルに接近したため本件事故が発生したのであるから、同人の過失は明白である。またもともと、港則法一七条によれば、港内において防波堤等を左舷に見て航行するときはできるだけこれに遠ざかって航行しなければならないのであるから、訴外平川が七防に約一〇メートル、浅沼船から約九メートルに近接して航行した点においても、同人の過失は認められる。

(二) 訴外平川は、運輸省第三港湾建設局神戸港工事事務所に勤務する国家公務員(運輸技官)で、同工事事務所に勤務する職員を同事務所作業船基地と海上現場との間に送迎する職務に従事していたものであり、本件事故は右公務遂行中に発生した。

(三) 訴外平川の右公務は、港湾の保全施設である防波堤を国・港湾建設局が築造するという行為の一環としてとらえなければならず、その職務は明らかに公権力性を有し少なくとも私経済的作用とはいえないから、被告は国家賠償法一条によりその責任を負うものである。

(四) 仮に訴外平川の行為が国家賠償法一条の公権力の行使に該当しないとしても、被告は訴外平川の使用者であり、本件事故は同人の公務執行中に発生したものであるから、被告は民法七一五条による責任を免れない。

4  原告らの損害

(一) 得べかりし利益の喪失(財産的損害)

(1) 亡浅沼の給与上の損害 金五六一一万八八一〇円

亡浅沼は本件事故当時健康な運輸技官(潜水夫)であったから、少なくとも退職勧奨が開始される六五才までは運輸技官として国に勤務することが可能であり、かつ勤務するというべきであるから、本件事故発生時から満六五才に達し(昭和六七年一〇月二七日)退職勧奨による退職が予想される昭和六八年三月末日までの間の得べかりし給与の現価額を、同人が支給されていた行政職俸給表(二)(以下単に行(二)という。)表に基づいて算出すれば、別表(略)(1)原告ら主張逸失利益算出表のとおり金五六一一万八八一〇円となり(円未満切捨て)、これが給与上の損害となる。

なお、同人の俸給は本件事故当時行(二)一等級一五号俸であったが、同人の勤続年数、経験、勤務成績、潜水夫の昇格の実例等からすると、昭和五〇年四月には行(二)特一等級に昇格することが確実であったというべく、そうすれば人事院規則九―八の二三条等により直近上位である特一等級九号より一つ上の特一等級一〇号俸となる。昭和四九年一〇月から同五六年三月までの俸給月額、諸手当、それらの年額については当該各年度の人事院勧告に基づき、また、右の昭和五〇年度を除き毎年一号俸定期昇給するものとして算出した。昭和四九年度は一時金の年額を除いて俸給年額、各手当年額等はいずれも六か月分の計算であり、一時金は一二月分、三月分支給合計三・二か月分の計算である。

昭和五六年度(同年四月)以降については、昭和五八年度(五九年三月)までは、五五年人事院勧告(特一―一五)二四万四九〇〇円を基準に、定期昇給、法改正によるベースアップを含めて毎年一〇パーセントの本俸加算(一〇〇円未満切捨て)があるものとして俸給年額、諸手当等を算出し、昭和五九年度(同年四月)からは昇給延伸を考慮して五八年本俸推定額三二万五八〇〇円を基準に毎年五パーセントのベースアップがあるものとして同様に算出した。右の程度のベースアップを含んだ賃金上昇による加算は、本件が労働災害であることや、最近の物価の昂騰、給与の引上率などを考慮すれば控え目なものであり、客観的に相当程度の蓋然性をもって予測される収益額の算出方法というべきである。

一時金(期末勤勉手当)の年額については、俸給の調整手当加算額に毎年の支給月数を乗じて算出されるが、昭和五〇年度は五・二か月、五一年、五二年度は五・〇か月、昭和五三年度以降は四・九か月として算出してある。

扶養手当は当該各年度の人事院勧告に基づきその年額を算出したが、亡浅沼の被扶養者である原告英樹と同久美はそれぞれ昭和五一年八月二日、五五年一月二一日に満一八才に達するので、それ以降は支給対象としていない。また、昭和五六年度以降は人事院勧告により増額の可能性はあるが、少なくとも昭和五五年度の年額一三万二〇〇〇円を下回らないものとして固定して計算した。

超過勤務手当の計算方式は、

勤務1時間当りの給与額

<省略>

であるところ、一時間当りの給与額は当該各年度の人事院勧告並びに推定本俸額を基準に算出し、超過勤務時間数は事故前の昭和四九年四月分(五月一七日支給分)から八月分までの五か月間の平均超勤時間二七・二を基準とし、同年以降月二七時間を下ることはないものとして算出した。亡浅沼の超過勤務はほとんど常態となっていて、将来残業が完全になくなることは考えられず、月二七時間は控え目な時間数である。

特殊勤務手当については、亡浅沼は昭和四九年四月分(五月一七日支給分)から九月分まで合計一〇万三四二五円、月平均一万七二三七円の支給を受けていたので、将来月一万七二〇〇円(一〇〇円未満切捨て)を下ることはないものとして、固定して年額を算出した。

特別手当(いわゆる借上料)も潜水夫として当然に得られることのできる所得であって、得べかりし利益とみなしうるところ、亡浅沼は昭和四九年四月分から九月分まで合計四〇万六〇六〇円、月平均六万七六七六円の支給を受けていたので、将来とも月六万七六〇〇円(一〇〇円未満切捨て)を下ることはないものとして、その年額を算出して請求する。

亡浅沼の生活費は、その年令、職業、家庭における地位などを考慮すると、収入の四割を超えることがないので、四割として計算した。また、逸失利益の算定にあたっては所得税、住民税等は控除すべきでない。

(2) 亡浅沼の退職金損害 金一一〇七万二六五八円

亡浅沼は昭和六七年一〇月二七日に満六五才に達し、退職勧奨により昭和六八年四月一日付で退職することが予想されるところ、同人がその際得られる退職金の額は、退職時の本俸に国家公務員等退職手当法による支給割合を乗じて算出される。

そして同人の退職時の本俸は、別表(1)によれば、昭和六八年三月末現在の推定本俸月額が五〇万四九〇〇円であるが、同年四月一日付で退職することによって年度が変わるので、俸給表の改正により同様に五パーセントの加算がなされるものとして算出すると五三万一〇〇円(一〇〇円未満切捨て)となる。同人の退職手当法による支給割合は、亡浅沼が昭和二五年八月から同六八年四月一日まで四三年間勤務することが可能であったのであるから、勧奨退職として同法五条及び同法附則(昭和四八年法律三〇号)五項を適用すると六九・三か月となる。

そして、右により計算した亡浅沼の得られる退職金の額から中間利息(中間利息控除係数一・九五)を控除して本件事故当時の現価額を求めると一八八三万八九三八円となるが、既に原告らは亡浅沼の退職金として七七六万六二八〇円を受領しているので、これを控除すると一一〇七万二六五八円となる(算式は左のとおり)。

530,100×69.3/1.95-7,766,280=11,072,658(円)

(3) 相続

原告ら各金二二三九万七一五六円

訴外浅沼は被告に対し右(1)(2)計金六七一九万一四六八円の逸失利益の損害賠償請求権を取得したところ、同人の死亡により原告らはその三分の一である二二三九万七一五六円ずつを相続により取得した。

(二) 慰藉料(精神的損害)

(1) 原告千江美 金一〇〇〇万円

原告千江美は、亡浅沼の妻として長男英樹(事故当時一六才)、長女久美(同一二才)との幸せな家庭を築くべく協力しあってきたのであるが、本件事故による夫の死亡によって一家が頼みとする大黒柱を失いかつ最愛の夫を失って、幸福な家庭生活が一瞬にして破壊されたものであり、原告千江美の精神的苦痛は筆舌に尽しがたく、この慰藉料は一〇〇〇万円を下ることはない。

(2) 原告英樹、同久美 各金五〇〇万円

原告英樹、同久美は、これからが一番大切という時期に一瞬にして父との平和な家庭生活を奪われたもので、両名の精神的苦痛もはかりしれないものがあり、慰藉料としては各金五〇〇万円を下ることはない。

(三) 弁護士費用

原告千江美金三二三万九〇〇〇円、同英樹、同久美各金二七三万九〇〇〇円

以上原告千江美の損害額は金三二三九万七一五六円、同英樹、同久美の損害額は各金二七三九万七一五六円となるが、原告らは本訴提起にあたり弁護士を依頼し、手数料及び謝金として第一審終結時各請求損害額の一割にあたる金額(一〇〇〇円未満切捨て)を弁護士費用として支払うことを約した。

5  よって、原告らは被告に対し、国家賠償法一条または予備的に民法七一五条に基づき、原告千江美については前項(一)ないし(三)合計金三五六三万六一五六円、同英樹、同久美については同(一)ないし(三)合計金三〇一三万六一五六円、並びにこれらに対する本件不法行為発生の日の翌日である昭和四九年九月二二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、訴外浅沼が作業中であったことは不知、「はまかぜ」の推進器が送気管を切断したことは否認するが、その余は認める。送気管は後記のとおり、「はまかぜ」の推進器ではなく、船底にこすられたため切断したと推認される。

3  同3(一)の平川の過失は争う。

本件事故はもっぱら訴外浅沼が潜水を行うのにきわめて不適当かつ危険な場所にけい船していたことに起因するものであり(詳細は後述)、訴外平川に過失は認められない。すなわち、訴外平川は事故前第五防波堤から七防に航行してきた際には浅沼船に気付かなかったのであるが、それは付近海域が航行船舶が著しく多いところであるため、至近距離の航行船への配慮等に追われたためでやむをえないことである。また、「はまかぜ」が七防の北に沿って南西方向へ航行中、訴外平川は同船の左前方約二〇メートルに浅沼船を発見したと認められるところ、七防西端付近の工事は数か月前に終って作業区域を示す警戒ブイは既に撤去されていたこと、七防西端の潜水作業は約一か月前から行われておらず、訴外平川も七防西端において潜水作業をしていることを知らなかったこと、同人が浅沼船を発見した際浅沼船上の二人の上乗りが作業をしている様子は見られなかったこと等の事実からすれば、訴外平川が日常現場付近の潜水作業及びけい船状況を熟知していたとか、本件の場合同人が浅沼船を見て直ちに潜水作業中であることを予測し得たとは認められない。さらに、訴外平川が浅沼船を認めたときには、既に浅沼に空気を送っている送気管は「はまかぜ」の船下に入り込んでいたと認められるところ、送気管は「はまかぜ」の推進器ではなく船底にこすられたため切断されたと推認されるから、浅沼船発見時には、もはや「はまかぜ」の右旋回または後退によって送気管の切断を避けることができたとはいえず、これをしなかったことをもって平川の過失ということはできない。

なお、「はまかぜ」は七防の西端を迂回して港外側を東進する予定であったところ、そのような場合防波堤に近接して最短コースを航行するのは小廻りのきく小型船舶としては通常の運航形態であるから、同船が七防沿いに航行したことをもって訴外平川の過失とすることも相当ではない。

4  同3(二)の事実は認めるが、同(三)は争う。

国家賠償法一条の「公権力の行使」とは、その活動の内容が国家統治権に基づく優越的な意思発動たる作用及び国または公共団体の作用のうち非権力的行政作用に限定され、私経済的作用は含まないと解すべきところ、訴外平川が行っていた船舶運航行為は民間における通船業者の船舶運航と何ら異なるものではないから、同人の職務は国の「公権力の行使」にあたるとはいえない。

5(一)  同4(一)(1)の事実のうち、亡浅沼が本件事故当時健康な運輸技官(潜水夫)であり、行(二)一等級一五号俸の俸給を得ていたこと、及び借上料として昭和四九年四月分から九月分まで合計四〇万六〇六〇円の支給を受けたことは認めるが、その余の給与上の損害の算出経過及び結果はいずれも争う。

国家公務員法(昭和五六年六月六日一部改正、法律七七号)八一条の二により、国家公務員は年令六〇年で定年になることが定められたので、亡浅沼の勤務年限は昭和六二年一〇月二七日(満六〇才)までとするのが相当である。

昇格は、人事院規則により個別協議のうえ決定されるのであり、亡浅沼が生存していたとしても、原告主張のように昭和五〇年四月に行(二)一等級から特一等級に昇格できたとは限らないから、損害額算定にあたり昇格を見込むことは適当でない。

原告らは、昭和五六年四月以降ベースアップ分と定期昇給分を含めて毎年一〇パーセントないし五パーセントの本俸の増加がなされることが確実であるというが、逸失利益の算定にあたり名目賃金のみを引き上げる意味合いが強い将来のベースアップを考慮するのは妥当を欠くのみならず、最近の国家公務員の給与の引上率の推移やその低率化の情勢からすると、原告主張にかかる賃金上昇についての加算が控え目な算定方法であり、客観的に相当程度の蓋然性をもって予測される収益額の算出方法ということはできない。なお、一般職の職員の給与に関する法律の一部改正(昭和五四年一二月一二日、法律五七号)により、五六才以上の職員にあっては初回に一八か月、その後は二四か月の昇給延伸措置がとられることになった。

超過勤務手当は、予測できない臨時的な業務や緊急を要する業務が発生する場合に対応できるよう設けられた制度であり、その性格上将来の超過勤務時間は不確定というほかはないから、損害額の算定上考慮すべきでない。

借上料は、潜水夫所有の潜水船、潜水器具を当局が借上げその対価として支払うものであるところ、給与の如き労働の対価の性質を有するものではなく、減価償却費を対象とした損料、運転に必要な諸材料及び保守管理等に要する諸経費を積み上げたもので実費弁償的性格を有することは明らかであり、また仮に潜水夫の実質的所得という性質があるとしても、原告らは潜水船等を相続により取得しその交換価値の中に右利益が含まれていると解されるから、いずれにしても損害額算定に考慮すべきではない。

なお、亡浅沼の逸失利益の算定にあたっては、同人の支払うべき所得税、住民税、共済組合掛金の各額を公平の見地からその収入金額より控除すべきであるところ、昭和六二年一〇月定年退職するまでの合計額は、所得税三〇〇万一一六〇円、住民税二一八万六〇三〇円、共済組合掛金三一七万一九三五円となる。

(二)  同(2)の事実のうち、原告らが、亡浅沼の退職金として七七六万六二八〇円を受領していることは認めるが、その余の退職金損害の算出経過及び結果はいずれも争う。

亡浅沼が昭和六二年一〇月二七日に定年退職する見込みであったこと、退職時の本俸額の算定にあたり毎年一〇ないし五パーセントの定期昇給を含むベースアップを算定の基礎に入れるのが不当であることは前述したとおりである。

退職手当の支給率は、国家公務員等退職手当法の改正法案が次期国会において成立する見込みであるので、同法案に当てはめ六三・五二五か月分とするのが相当である。

なお、退職手当についても公平の見地から給与と同様税金及び生活費の控除がなされるべきであり、その税金の額は所得税五万三四〇〇円、住民税二万二〇八〇円となる。

(三)  同(3)のうち、原告らの相続分が各三分の一であることは認めるが、その余は争う。

(四)  同(二)(1)(2)の各事実は知らない。

(五)  同(三)の事実も知らない。なお、弁護士費用として損害額の一割を請求するのは高額に過ぎて不当であり、また、遅延損害金は、本件判決が確定した日の翌日から発生すると考えるべきである。

三、抗弁

1  過失相殺

本件事故の発生につき訴外浅沼には次のような重大な不注意があるので、損害賠償額の算定につき斟酌されるべきである。

(一) 浅沼船は事故当時七防西端にある堤頭函とその南西方の仮設灯浮標との間にけい船していたのであるが、訴外浅沼が決めた右けい船位置は、自らが潜水した際の排出気泡の状態を確認できず、他船の航行について監視し、かつ他船の潜水箇所周辺への侵入を事前に警告できないという点において不適当な場所であり、逆に言えば、七防西端は船舶の往来の激しい海域であるうえ、当時付近の工事は終り警戒ブイは撤去され潜水士にとって安全海域でなかったのに、浅沼船は七防の港内側を南西に向けて航行する船舶にとって海上面に突き出している七防のため死角となる場所にけい船していたのであって、このような危険なけい船状態のもとで潜水行為を行ったことが本件事故の主たる要因となった。

(二) 航路標識法一一条二項によれば、航路標識に船舶をけい留してはならないと定められているところ、訴外浅沼は同法に違反して航路標識に該当する仮設灯浮標に自船をけい留した。

(三) 前記のとおり浅沼船は危険な位置にけい船しており、船上における見張り行為は死角が多く無力であったから、見張員の一人を堤頭函上に乗せて見張り行為を行うよう指示するとか、見張船を配置するよう運輸省第三港湾建設局神戸港工事事務所(以下当局ともいう。)に要請するとかの適切な危険回避の措置をとるべきであったのに、訴外浅沼は右のような措置をとらなかった。また、同人は潜水した後も、「はまかぜ」のスクリュー音や排気音が聞えたと考えられるから、上乗りに対し、送気管のたるみをなくさせるとか「はまかぜ」を七防西端に侵入しないよう指示させるとかの連絡をする等危険回避の措置をとることもできたのに、何らこのような措置をとった形跡がない。

(四) 潜水士は自らの判断で作業命令に反して作業を変更することは許されておらず、本件事故当日の作業命令は七防西端から東へ一五〇〇メートルの箇所を起点として東へ八五〇メートルの上部コンクリート打設区間の港内側ケーソン目地間隔の調査をするというものであったのに、訴外浅沼は当日午後から事故に会うまで当局の作業命令に反し、当時潜水士が行う作業は残っていなかった場所である七防西端において職務に関係ない潜水行為を行っていた。

(五) 潜水中潜水船には国際A旗を掲げなければならず(船舶安全法二八条一項、国際信号書の使用に関する省令((昭和四四年運輸省令第一号))、国際信号書一般一字信号・一字信号A)、同法令にのっとり当局は訴外浅沼に国際A旗を支給し、同人は右義務を熟知していたのに、事故当時浅沼船に国際A旗を掲げていなかった。

(六) 潜水中送気管は付近を航行する船舶によって切断されることのないようそのたるみを最少限に保つべきところ、訴外浅沼は日頃から上乗りに対し送気管は出しぱなしでよいと指示していたばかりでなく、本件の場合も約一五メートルほど余分に送気管を繰り出させたまま放置していたため、送気管が七防から約九メートル北西方向の海面上を湾曲浮遊して「はまかぜ」の進路にまで及び、「はまかぜ」の航行による送気管の切断という事態を生じさせた。

(七) なお原告らは、当局自らが安全対策を講じなかったのに、訴外浅沼に対し前記のような危険回避措置をとるよう要求することは責任のすりかえであるというが、安全管理は管理者のみで達成しうるものではなく、浅沼は人事院規則及び運輸省健康安全管理規則に基づき危害防止主任者に指名され、危害防止主任者会議等に出席して安全対策について意見を具申することができ、職場の安全の確保につき責任ある立場にあり、見張船を配置するなどの危険回避の措置を当局に要請することもできたのであるから、そのような立場にある浅沼が前記のような多くの不適切な行為を行っていたことは十分留意されなければならない。

2  弁済の抗弁

被告は原告千江美に対し、国家公務員災害補償法及び国家公務員共済組合法に基づき、次に掲げる金額を支給し、または支給する見込みであるので、同原告の損害額から右の弁済(見込)額を控除すべきである。なお、後記葬祭補償については、原告らは葬祭料を損害として請求していないが、これも亡浅沼の死亡による損害を填補することにその目的が存するのであるから、同人の逸失利益の算定について控除すべきであり、そうでなくとも慰藉料の算定にあたって斟酌されるべきである。また、前記各法による支給見込額についても、公平の理念の観点から損害より控除されるべきであるが、それが認められないとしても原告らの慰藉料を算定するうえで十分斟酌すべきである。

(一) 昭和五六年五月分までの支給済額 計金一六〇三万七〇三二円

(内訳)

(1) 国家公務員災害補償法による支給額

<1> 遺族補償年金 九〇二万四五四円

<2> 葬祭補償 四一万六九四〇円

<3> 福祉施設 二二四万三三四二円

(イ) 奨学援護金 一一二万二〇〇〇円

(ロ) 遺族特別給付金 一一二万一三四二円

(2) 国家公務員共済組合法による支給額

<1> 遺族年金 四二一万一〇九六円

<2> 災害給付弔慰金 一四万五二〇〇円

(二) 支給見込額 計金五九八二万九九四五円

(内訳)

(1) 国家公務員災害補償法による支給見込額

<1> 遺族補償年金 四五五四万五三〇〇円

ただし、原告千江美は昭和九年五月二八日生れであり、厚生省第一三回生命表により七七・四五才まで生存するものとして算出した。

<2> 福祉施設 九二五万八〇〇〇円

(イ) 奨学援護金 一五万円

原告久美(昭和三七年一月二一日生)が短期大学(二年在学中)を昭和五七年三月卒業時まで同原告らが原告千江美と生計を同じくしているものとして算出した。

(ロ) 遺族特別給付金 九一〇万八〇〇〇円

<1>と同様に原告千江美が七七・四五才まで生存するものとして算出した。

(2) 国家公務員共済組合法による支給見込額

遺族年金 五〇二万六六四五円

四、抗弁に対する認否

1  抗弁1の過失相殺の主張はすべて争う。

(一) 浅沼船が事故当時七防西端の堤頭函とその南西方の仮設灯浮標との間にけい船していたことは認めるが、七防は当時工事中で付近海上には警戒ブイが設置されており、七防直近海域に侵入しないよう港湾関係者全員に示達されていたので、付近海域は潜水士にとって安全海域であった。また、訴外平川が「はまかぜ」を港則法一七条に従って七防から遠ざかって航行していれば、浅沼船についての視認に何ら障害は発生しなかった。したがって、訴外浅沼が浅沼船を死角の位置にけい船し、その点が同人の過失であるという被告の主張は理由がない。

(二) 浅沼船がけい留した仮設灯浮標が航路標識法にいう航路標識に該当するとしても、潜水船が本件現場海底の七防工事基礎部分の調査を行う場合には、仮設灯浮標にけい留するのが最も安全であり、潜水士の判断でそのようなけい留措置をとることはまれではない。また、本件は仮設灯浮標自体の瑕疵が問題になっている事案ではないから、仮設灯浮標にけい留したことと本件事故発生とは因果関係がなく、過失相殺の内容として主張することはできない。

(三) 見張船を配置するなどして危険回避の措置を講ずるのは本来被告の安全保持義務であり、その違反を訴外浅沼の過失として主張することは本末転倒の議論である。当局は本件前潜水作業従事者らの要求にもかかわらず潜水作業に関する安全対策の講習を一回も行わず、健康安全委員会や危害防止主任者会議等も形式化して、安全対策に関する真摯な検討はなされていなかったのであり、このように当局自らがまず第一にすべき安全対策について無知無関心で安全対策を講じていなかったのに、浅沼個人に危険回避の措置をとらなかった点を云々するのは、責任の回避すりかえである。当局において、潜水作業船に見張船をつけることと潜水士の作業時間と作業場を船舶運航者に周知徹底させることの二点の安全対策を講じていれば、本件事故は発生しなかったのである。

(四) 潜水作業は自然現象によって左右される仕事であるので、現場における潜水士の判断により作業内容や場所を変更することが許容されていたところ、訴外浅沼は本件当日午後気象条件の判断等から従前し残していた七防西端部の写真撮影をしていたと推測されるから、十分に職務命令に沿った、あるいは職務命令に密接関連した作業であるということができ、このことが同人の過失として判断されるべきではない。なお、仮に浅沼に職務命令違反があったとしても、そのことが本件事故発生に影響を及ぼしたかは明確でなく、過失相殺の対象とはならない。

(五) 訴外平川は浅沼船が国際A旗を掲げていなかったことから潜水作業中でないと判断したのではないから、国際A旗の掲揚をしているか否かは本件事故と因果関係がない。また、当局は国際A旗を浅沼らに支給したものの、その意味さえ十分認識しておらず使用方法等一切説明指導しなかったものであるから、浅沼船に事故当時国際A旗が掲揚されていなかったとしても浅沼の過失として評価されるべきではない。被告の主張は、自らの安全対策に関する責任を回避した本末転倒の主張である。

(六) 海底における潜水作業中は、水圧、潮の流れ等の影響で送気管を繰り出した状態にしておかないと身動きがとれず作業が困難になるのであり、また訴外平川は、平常潜水船を発見したときは送気管浮遊を予測して大きく迂回して航行していたのであるから、事故当時浅沼の送気管がある程度伸びていたとしても、同人の過失ということはできない。

2  抗弁2の弁済の主張について

(一) 被告主張の支給済額は認めるが、国家公務員災害補償法による遺族年金等は、労働者の保護と福祉を目的とするひとつの社会保障的制度であり、損害の填補を目的とする損害賠償制度とは目的を異にし、発生原因も権利主体も異なるから、損害から控除すべき利得に該当せず、国家公務員共済組合法による年金等は右と同じ理由のほか掛金に対する対価的性質を有するものであるから、なおさら控除すべきでない。また、仮に控除を認めるとしても、受給権者である原告千江美の逸失利益の損害賠償債権額からのみ控除されるべきで原告ら固有の慰藉料からの控除は許されない。なお、被告主張の葬祭補償はもともと原告らが本訴で請求しておらず、損害から控除することはできない。

(二) 被告主張の支給見込額は不知、将来給付されるべき遺族補償年金等は単なる期待権であり、使用者に現実に二重の不利益が生じているわけではないから、将来における変動の可能性を無視して損害額からこれを控除することは加害使用者に不当な利益を与える結果となるので、支給見込額を控除することは許されない。

第三、証拠(略)

理由

一、請求原因1(原告らの身分関係)の事実、並びに同2(本件事故発生)中事故当時訴外浅沼が作業中であったこと、「はまかぜ」の推進器が送気管を切断したことを除く各事実は当事者間に争いがない。

二、本件事故の状況

(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  訴外浅沼は、昭和四九年九月二一日午後自己所有の潜水作業船(船名なし、約三トン、長さ約九・七メートル)に潜水助手(正式には潜水作業補助者、通称上乗り)松下冨蔵、同坂江豊を同乗させて神戸港第七防波堤(七防)西端付近の海域に赴き、七防西端の堤頭函とその南西約二四メートルの海上に設置された仮設灯浮標との間に、七防西端と約一〇メートルの間隔をおいて北東方向に向けロープでけい船し(以下別紙<略>図面参照)、七防西端部の海底ケーソンの状態を調査し周辺部を水中カメラで撮影する予定で、同船(浅沼船)から送気管により送気を受けながら、同日午後二時一五分ころ潜水した。

2  そして浅沼は、海底の状況から写真撮影をやめてまず浅沼船の右舷側から海底の調査にかかり次いで同船の左舷側に移って堤頭函(海面上約三・五メートル)の北西側の浅沼船上の二人の潜水助手から見えない方向に移動して行ったが(海図で示した位置は事故当時のおおよその潜水地点)、全長四〇メートル以上ある送気管は途中で潜水助手がたぐり寄せることをしなかったため、潮流等の影響で北西側に大きく湾曲浮遊し、堤頭函から約九メートル離れた地点まで達していた。

3  一方訴外平川は、神戸港内の各作業現場にいる現場監督や作業員を迎えに行くため、運輸省所有の汽船「はまかぜ」(総トン数三七・五六トン)を操縦して午後三時一五分ころけい留地を出発し、七防の北西方向にある第五防波堤で現場監督らを乗せ、南東方向に向かって七防に近付き(この段階で前方にあたる七防西端に浅沼船がけい留しているのを視認し得るのであるが、平川は同船に気付いていない。)、七防西端より四三・五メートル東方に位置する階段部分に接岸して現場監督らを乗せた後、七防端の西端をまわって南側に出る予定で、七防の北西一〇メートル余の海上を七防に沿って最微速(約三ノット)で南西方向に航行した。

4  そして午後三時三〇分ころ、「はまかぜ」が七防西端の堤頭函の北西約五メートルを航行し、同船の船首が右堤頭函の西端と平行になるか少し先に出た状態(別紙図面<1>地点)まで進行したとき、平川は、左四五度約二〇メートル前方に浅沼船が仮設灯浮標との間に停船しているのをはじめて発見し、日頃潜水作業船を見慣れていたことから同船が潜水作業船であるとすぐ気付いたが、同船の甲板上にいる二人の潜水助手が作業中でないように見えたので、この時間では潜水作業をしておらず休憩しているのだろうと判断し、そのまま進路を変えることも停止の措置もとることなく約二〇メートル進行して浅沼船の側方約九メートル(別紙図面<2>地点)を通過しようとした。

5  浅沼船の松下冨蔵ら二人の潜水助手は、浅沼の潜水地点が見えなくなった後も周辺海域の警戒や浅沼との電話連絡にあたっていたが、右松下は、突然「はまかぜ」の排気音が大きく聞え同船が七防先端の左側から接近してくるのを認めたので、同船が浅沼船と平行になろうとするころ、大声で近くに来ないよう叫んだ。平川は浅沼船の側方を通り過ぎたころ右松下の声を聞きつけ、船尾を振り向いたところ、船尾の底部に向かって浅沼船から送気管が張っているのを認め、あわてて停止しようとしてエンジンのレバーを前進微速から中立(ニュートラル)の位置にし推進器(スクリュー)の回転を止めたが、数メートル進んだ地点で送気管が切断されてそれまで張っていた送気管の張りが急になくなり、同船は浅沼船から約一一ないし一二メートル、仮設灯浮標の北西約一〇メートルの海域(別紙図面<3>地点)に停止した。

6  右事故による送気管の切断により浅沼は窒息死した。

7  平川ら港内を航行する船舶運航者に対し、本件事故当時まで港内の潜水作業の日時、場所などが事前に知らされたことはなかったが、平川は数年来港内の船舶の運行業務に従事して潜水作業船がけい船しているのを度々目撃し、その都度周囲の海中で潜水作業をしていることを予想してその船から五〇ないし一〇〇メートルの距離を保って航行するようにしていた。

8  「はまかぜ」は最微速で前進中停止の措置をとれば四ないし五メートルで停止することができる。

三、訴外平川の過失

前項で認定したところによれば、訴外平川は第五防波堤から七防に接近した際に浅沼船を発見し得たのみならず、遅くとも約二〇メートル左前方に浅沼船がけい船しているのを発見して同船が潜水作業船であると気付いた段階において、日頃の経験から同船の周囲の海中において潜水作業中であり、このまま航行すれば潜水中の潜水士の送気管に接触するなどの事故が発生することを予見し得たものと認められるから、船舶操縦者として直ちに停船、後退あるいは右旋回して浅沼船に接近しないよう適宜の措置を講ずべき業務上の注意義務があったものといわなければならない。しかるに平川は、漫然と潜水作業をしておらないだろうと軽信してそのまま航行を続け、浅沼船の側方約九メートルに接近したため本件送気管の切断という事故が発生したのであるから、同人に過失があるのは明らかである。

もっとも、平川が七防西端において潜水作業中であることを事前に知らされていなかったことは前項で認定したとおりであり、また、(証拠略)によれば、本件事故当時七防西端付近の海面下の工事は完成し、それまで作業区域を示すために設置されてあった警戒ブイは撤去されていたことが認められるが(<人証略>はこれに反するかのような供述をするが、その内容はあいまいで信用することができない。)、平川が浅沼船を発見した段階で潜水作業中であることを予測し得た以上、右の事実をもって同人の過失が左右されることはない。

被告はさらに、平川が浅沼船を発見したときには、既に浅沼に空気を送っている送気管は「はまかぜ」の船下に入り込んでおり、送気管は「はまかぜ」の推進器ではなく船底にこすられたため切断されたと推認されるから、浅沼船発見の時点では、もはや「はまかぜ」の右旋回または後退によって送気管の切断を避けることができなかったと主張するところ、前項の冒頭で掲げた各証拠によるも、平川が浅沼船を発見した時点で送気管が「はまかぜ」の船下に入り込んでいたか否か、また、送気管が「はまかぜ」の船底にこすられて切断されたか推進器で切断されたかの各点について明らかにすることはできないものの、平川が浅沼船を発見してから「はまかぜ」が送気管を引っ張って切断するまでの間に、同船は三〇メートル近く航行を続けたことが前項認定の事実より推認されるから、同人が浅沼船を発見して直ちに停船、後退あるいは右旋回の措置をとれば、送気管の切断という事態は避けられたものと考えられ、被告の右主張は採用することができない。

次に港則法一七条によれば、「船舶は、港内においては、防波堤、ふとうその他の工作物の突端又は停泊船舶を右げんに見て航行するときは、できるだけこれに近寄り、左げんに見て航行するときは、できるだけこれに遠ざかって航行しなければならない。」と定められているところ、前項で認定したように、「はまかぜ」は左舷に見える七防との間に一〇メートル余(堤頭部では約五メートル)しか距離を保たずに航行して七防の西端をまわろうとしたのであって、これは明らかに同法条に違反するものといわなければならない。被告は、七防の西端を迂回して港外側に出る小型船舶にとっては、右のような運航形態は通常のことであると主張するが、港則法の右同条の趣旨が、本件のように防波堤等の先端においてその陰になっているあるいは陰から出てくる船舶等障害物との事故を避けようとするためであることからすれば、被告主張のように小型船舶の通常の運航形態として片付けることはできない。そして、平川が本件の場合港則法に従い七防から遠ざかって航行しておれば、七防の陰になっている浅沼船をより早く発見することができたばかりか、そのまま進んでも湾曲浮遊している送気管に接触することもなかったと認められるから、平川の港則法違反の事実も、事故に直結する過失とはいえないものの、本件の原因として同人の過失と評価することができる。

四、被告の責任

訴外平川が、運輸省第三港湾建設局神戸港工事事務所に勤務する国家公務員で、同工事事務所に勤務する職員を同事務所作業船基地と海上現場との間に送迎する職務に従事していたものであり、本件事故が右公務遂行中に発生したものであることは、当事者間に争いがない。

そうすると、平川のなす船艇運航の職務自体は民間における通船業者の船舶運航業務と何ら異なるものではなく、一般私人でも代替し得るものといえるから、国家賠償法一条にいう「公権力の行使」にはあたらないというべきである。原告ら主張のように、運輸省第三港湾建設局神戸港工事事務所がなす港湾の保全、防波堤の築造などの作用が「公権力の行使」に該当するとしても、本件平川の職務が「公権力の行使」にあたると解さなければならないものではない。

したがって、原告らの国家賠償法一条に基づく請求は理由がないが、前記争いのない事実によると、被告は民法七一五条による使用者責任を免れないものというべきである。

五、過失相殺

1  前第二項で認定した本件事故の状況からすると、本件事故については左の(一)(二)の各点につき訴外浅沼に過失が認められ、(三)の点も考慮すると過失割合は二割と認めるのが相当である。

(一)  不適切な場所におけるけい船、不十分な監視

潜水士が潜水する場合、自己の潜水地点や排出気泡の状態が潜水作業船上の潜水助手により常時監視できるとともに、他船の作業場所への接近を早期に発見して潜水地点に侵入させないため警告できるよう潜水作業船のけい船場所を配慮すべきことはいうまでもない。しかるに、前記認定のとおり、浅沼がけい船した潜水作業船の位置は、海面上約三・五メートルの堤頭函のために、自己の潜水地点ばかりか北東方向の海上の様子が確認し得ないのであって、このことが松下冨蔵ら潜水助手による「はまかぜ」の発見を、逆に言えば平川による浅沼船発見を遅らせて本件事故発生の一因となったと認められるから、浅沼に過失があることは明らかである。また、浅沼としては右のような船上からの監視に不適切な場所にけい船したからには、少なくとも潜水助手中一名を七防の堤頭函上に配置して見張りに当らせるのも他船の接近等を監視するのに適切な措置と考えられるが、同人はそのような措置もとっておらず、この点においても浅沼の過失は否定できない。

ところで、(証拠略)によれば、浅沼がけい船した七防西端付近は船舶の往来が激しい海域であることが認められるが、一方、浅沼船のけい船位置から死角となる北東方向より接近する船舶の多くが港則法一七条に違反するものであることは前記認定したところから明らかであり、本件の「はまかぜ」も同法条に違反して北東方向より接近してきたのであるから、浅沼の右に認定した過失は、本件加害者との関係では、無視することはできないものの、さほど重大なものと評価することはできないというべきである。

なお原告らは、七防西端付近海域は当時工事中で潜水士にとって安全海域であったと主張するが、右主張が容れられないことは前第三項で認定したとおりである。また被告は、浅沼は潜水中「はまかぜ」接近の音が聞えたと考えられるから、潜水助手に連絡して「はまかぜ」の接近を阻止する等危険回避の措置をとり得たと主張するが、本件全証拠によるも、潜水助手に連絡して適宜の措置をとり得るほど早期から海中において船舶接近の音を聞き得たとは認めがたいから、右の主張も採用することができない。

(二)  送気管のたるみ

(人証略)によれば、潜水作業中送気管を張った状態にしていると作業がしにくいことが認められるので、ある程度の送気管の余裕は必要と考えられるが、必要以上の送気管のたるみを放置しておくと、送気管が潮流等の影響により潜水作業船や潜水地点からかなり離れた地点まで湾曲浮遊して他の船舶の交通の妨害となり得るので、潜水士は、潜水中必要以上送気管を繰り出さないように、また、作業中潜水地点が移動して送気管のたるみが必要以上になったときは適宜たぐり寄せるように、それぞれ潜水助手に指示する義務があるものといわなければならない(<証拠略>((潜水作業安全施行指針))によると、「潜水作業中繰り出すエアーホースの長さは、潜水作業に支障をきたさない程度とし、必要以上に繰り出さないこと。」とされている。)。しかるに浅沼は、前第二項で認定したように、潜水中一度も潜水助手に対し送気管をたぐり寄せるよう指示しなかったため(<証拠略>によれば、浅沼は平常から潜水助手に対し送気管を出しぱなしにしておいてよいと指示していたことが認められる。)、作業箇所の移動につれて送気管が七防堤頭部から約九メートルも離れた地点まで湾曲浮遊し、このことが本件送気管切断という事故につながったものというべきであるから、この点において浅沼に過失があるのは明らかである。

(三)  当局の安全配慮義務

(人証略)によれば、本件事故前潜水作業船に潜水作業の安全をはかるため監視船が配置されることはほとんどなかったことが認められ、本件浅沼船にも監視船がついていなかったのであるが、当局の手によって監視船が配置されておれば本件事故は避けられたものというべく、職場の安全の確保につきまず第一に責任を負うべき当局の安全対策に不十分さを免れない。しかしながら、一方、(証拠略)によれば、浅沼は当時危害防止主任者に指名されて職場の安全の確保につき一半の責任を有していたことが認められるとともに、本件の場合はあえて監視船を配置しなくとも、前(一)のとおり浅沼として堤頭函上に潜水助手を配置するという容易な方法により危険を回避することができたのであるから、その責を当局に転嫁するのは相当でない。

なお原告らは、当局が潜水士の作業時間と作業場所を予め船舶運航者に周知徹底しなかったことも本件事故の原因というが、本件の場合浅沼は、後記2(一)認定のとおり自らの判断で作業命令以外の場所で作業していたのであるから、当局の右の周知徹底の有無は本件における浅沼、平川の責任の大小に関係がない。

2  以上のほか被告が過失相殺の事情として主張するところは、次のとおり採用することができない。

(一)  作業命令外の行為をしていたことについて

(証拠略)によれば、昭和四九年九月二一日に浅沼がなすべき作業については、七防西端から東へ一、五〇〇メートルの箇所を起点として、東へ八五〇メートルの上部コンクリート打設区間の港内側ケーソン目地間隔調査との作業命令が出ており、午前中浅沼は右作業命令に従った作業を行ったが、午後からは上司の許可を得ることなく七防西端で潜水作業を行ったこと、潜水士は原則として自らの判断で作業命令に反して作業場所や内容を変更することは許されていなかったことが認められる。しかしながら、一方、(証拠略)によれば、作業命令を発しても当日の海上気象等の状況により作業内容を変更しなければならない場合がしばしばあり、その際本来は別の作業指示を仰ぐべきであるが、潜水現場から工事事務所まで遠く時間的余裕がないため、潜水士の判断で作業場所や内容を変更し事後に作業命令票に記載して承諾を求めることもあったこと、本件当日海上は北東の風が強く波立っていたので、浅沼は午後命令されていた場所での作業をやめ七防の陰になって比較的穏やかな七防西端で作業をすることにしたことが認められ、(人証略)中右認定に反する部分は信用することができない。

被告は、当時七防西端部については潜水士が行うべき作業は何ら残っていなかったと主張し、(人証略)はこれに沿う供述をするが、(証拠略)を総合すると、浅沼は当日午後七防西端部において、いずれも以前に従事していた作業である、まず海中の写真撮影を、次いで海底ケーソンの状態を調査しようとしていたことが認められ、同人がこれらをし残したと判断して作業にかかったことを推認することができる。そうすると、浅沼が形式的に作業命令外の作業をしていた事実をもって、同人の過失と断ずるのは相当とはいえない。

なお、本件の場合浅沼が上司の具体的な指示の下で職務命令に従って七防西端で作業をしていたと仮定しても、本件と同じ状況で事故が発生したことが推認されるから(その場合でも前記認定のとおり平川ら他の船舶運航者に潜水作業の予定は知らされなかったと思われるし、潜水作業船の位置や潜水作業の状況が本件と異なっていたとは考えられない。)、浅沼の作業命令違反の事実と本件事故との因果関係は明確でなく、その意味でもこれを過失相殺の対象とするのは相当とはいえない。

(二)  仮設灯浮標にけい留したことについて

浅沼船が仮設灯浮標にけい留したことは前記認定のとおりであり、これは航路標識法一一条二項に違反することではあるが、そのことと本件事故との間に因果関係を認める余地は証拠上存在せず、浅沼の過失として過失相殺の対象にするのは相当ではない。

(三)  国際A旗を掲揚しなかったことについて

(証拠略)によれば、本件事故当時浅沼船に国際A旗は掲げられていなかったことが認められ(右認定に反する<人証略>は信用することができない。)、これは船舶安全法等被告主張の法令に反するといえるけれども、(人証略)によれば、もともと平川らのように港内において船舶を運航する者や浅沼らのような潜水士でさえも、国際A旗の使用方法や意味につき講習等により正確に説明指導されていなかったため、同人らの国際A旗についての認識は十分でなく、また航行中常時国際A旗を掲げている潜水作業船も時折あったことが認められるとともに、本件の場合平川は浅沼船が国際A旗を掲げていなかったことによって同船が潜水作業中でないと判断したのではなく、前記二、4認定のとおり同人は一見して同船を潜水作業船と気付いたが、当時の時刻や甲板上の潜水助手の様子から潜水作業中でないと判断してそのまま進行を続けたものであるから、国際A旗を掲げていなかったことをもって平川との関係において浅沼の過失ということはできず、過失相殺の対象にするのは相当でない。

六、原告らの損害

1  亡浅沼の逸失利益と原告らの相続

(一)  得べかりし給与収入

亡浅沼が本件事故当時健康な運輸技官(潜水夫)であり、行(二)一等級一五号俸の俸給を得ていたことは当事者間に争いがない。そして右事実と(証拠略)を総合して、亡浅沼が本件事故がなければ得るであろう給与収入の事故当時の現在価額を算出すると、別表(2)当裁判所認定逸失利益算出表記載のとおり、その金額は合計金二九七六万九二円(円未満四捨五入、以下の計算においても同じ)となることが認められる。以下その理由を詳説する。

(1) 国家公務員法(昭和五六年六月一一日改正、法律七七号)八一条の二により、国家公務員は原則として満六〇才の定年に達した日以後における最初の三月三一日または任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日に退職するよう定められ、右改正法律は昭和六〇年三月三一日から施行されることになったところ、特別の事情のない限り亡浅沼は満六〇才に達する昭和六二年一〇月二七日の翌年である同六三年三月三一日まで勤務を続けることが可能であったと考えられる。それ以上の期間同人が国家公務員として勤務可能であったことを認めるに足りる証拠はない。

(2) 原告らは、亡浅沼は昭和五〇年四月には行(二)特一等級に昇格することが確実であったと主張する。ところで昇格とは、職員の職務の等級を同一俸給表の上位の職務の等級に変更することをいうのである(人事院規則九―八、二条三号)が、職員を昇格させるには、昇格させようとする職務の等級がその職務に応じたものであること、昇格前の職務の等級に二年以上在級していることのほか、昇格させようとする職務の等級について定められている等級別定数の範囲内であること、勤務成績が良好であること、本件行(二)特一等級への昇格についてはあらかじめ人事院の承認を得ることの要件が必要とされる(同規則九―八、四条、二〇条、給実甲三二六号)。そうすると、亡浅沼が昭和五〇年四月に行(二)特一等級に昇格することが確実であったとはとうていいえず、(証拠略)により認められる運輸省各港湾建設局所属潜水士の昇格の実態を考慮しても、浅沼の右昇格が相当程度の蓋然性をもって認められるともいえない。

(3) したがって、浅沼の事故後の俸給については、一般職の職員の給与に関する法律(以下給与法という。)八条六項による定期昇給のみを考慮して五六才までは毎年一号俸、五六才以後は昇給延伸を考慮して最初は一八月、その後は二四月毎に一号俸(給与法八条六項の一部改正((昭和五四年一二月一二日、法律五七号))、人事院規則九―八、三四条の二)昇給するものとし、具体的な俸給額は、本件口頭弁論終結前の昭和五五年度までは毎年の給与法の改正による俸給表の額により、昭和五六年度以降については昭和五五年度の俸給表の額によるものとする(枠外一号俸については給与法八条八項、人事院規則九―八、三五条により、二五号俸と二四号俸の俸給の差額を二五号俸の俸給額に加える。)。

(4) 原告らは、口頭弁論終結時の昭和五六年度以降についてはベースアップを含めて俸給は毎年一〇パーセント(昭和五八年度まで)ないし五パーセント(昭和五九年度から)の上昇を見込むべきであると主張するところ、ベースアップとは経済情勢の変動に伴い賃金体系全体の基準が引き上げられることを意味するのであるが、その中には貨幣価値の下落に伴う名目賃金の上昇としての要素と労働力それ自体の昂騰による実質賃金の上昇としての要素が含まれている。そして、前者については将来の貨幣価値の変動を予測することがきわめて困難であることと死者の逸失利益による損害額は現在の時点において全額受領して直ちに利用しうることを考慮すると、それが前(3)で認めたとおり口頭弁論終結時までの間に具体的に生じた限りにおいて損害額算定の基礎とすれば足り、右時点以降についてはこれを考慮するのは相当でない。また後者については、それが立証される限り損害額算定の基礎とすべきであるが、当裁判所に顕著な昨今の経済情勢の下ではこれを認めるのが相当とは考えられない。以上のことは、本件が労働災害であるからといって別異に解釈する理由はなく、結局口頭弁論終結後については前記認定のとおり昭和五五年度の俸給表を基本として以後の定期昇給額を斟酌することが証拠上相当程度の蓋然性をもって予測される収益額ということができる。

(5) 俸給、各手当(期末、勤勉手当を除く。)の年額欄のうち、昭和四九年度は六か月の計算である。

(6) 扶養手当については、原告ら三名につき、昭和五五年度までは各年度の給与法の改正に応じた額を基礎にし、昭和五六年度以降は昭和五五年度の額で固定して計算した。なお、原告英樹は昭和五一年八月二日、同久美は昭和五五年一月二一日に満一八才に達したので(この事実は被告の明らかに争わないところである。)その翌月以降はその原告の分は支給対象にしていない(給与法一一条)。

(7) 亡浅沼が勤務していた地域である神戸市の調整手当の支給割合は一〇〇分の八であり、俸給と扶養手当の合計額に右支給割合を乗じたものが調整手当の額になる(給与法一一条の三、人事院規則九―四九、二条)。

(8) 期末、勤勉手当の年額は、俸給、扶養手当、調整手当の合計額に昭和五五年度までは各年度の給与法の改正に応じた支給割合、昭和五六年度以降は昭和五五年度の支給割合を乗じて算出した(給与法一九条の三、四。なお、勤勉手当についてはその基礎に扶養手当を加算してはならないのであるが、勤勉手当の割合が年間一・一ないし一・二か月と少ないことと俸給額を前記のとおり控え目に抑えたため、便宜上扶養手当も加算して計算してある。)各年度の支給割合は、昭和四九年度は六月支給分を除いた三・二か月、昭和五〇年度は五・二か月、昭和五一、五二年度は五・〇か月、昭和五三年度以降は四・九か月である。

(9) 超過勤務手当は給与法一六条、一九条、一四条、人事院規則一五―一、四条により原告ら主張の算式に従って計算される。そして(証拠略)によれば、亡浅沼の昭和四九年四月分から八月分まで五か月間の月平均超過勤務時間は約二七時間であったことが認められるので、昭和四九年度の超過勤務手当年額は三二万七三四五円と推定され(算式は左のとおり)、この額を各年度について認めた。

<省略>

たしかに被告が主張するように、将来の超過勤務時間数には不確定なものがないではないが、将来の超過勤務手当額を右のとおり事故当時確実に得られたであろう額に固定して以後の上昇を見込まなければ、少なくとも右額は相当程度に蓋然性あるものということができる。

(10) 特殊勤務手当については、(証拠略)により、亡浅沼が昭和四九年四月分から九月分まで合計一〇万三四二五円、一か月平均一万七二三七円支給されていたことが認められるので、原告ら主張のとおり将来とも月一万七二〇〇円を下ることはないものとして、その年額を算出した。

(11) 借上料については、亡浅沼が昭和四九年四月分から九月分まで合計四〇万六〇六〇円、月平均六万七六七六円の支給を受けていたことが当事者間に争いがないので、原告ら主張のとおり将来とも月六万七六〇〇円を下ることはないものとしてその年額を算出し、後記の理由によりその半額を亡浅沼の逸失利益として認めた。

被告は、借上料は実費弁償的性格を有し、原告らが相続により潜水船等を取得しているので亡浅沼の逸失利益にあたらないと主張する。しかしながら、(証拠略)によれば、亡浅沼は自己所有の潜水船、潜水器具を専属的に使用して第三港湾建設局職員としての自己の潜水作業に従事していたもので、そのため当局との間に借上契約を締結して借上料の支給を受けていたこと、借上料は潜水船等の減価償却費等を勘案して一日当りの単価が決定されているのであるが、毎年当局との話合いで改訂され、亡浅沼の稼働日数に応じ潜水業務に関連して支給されていたもので、その額は潜水船等の維持費よりかなり高額になっていたこと、潜水船等は浅沼死亡により当然原告らに相続されているが、そのものの性質上直ちに原告らが使用して利益を得たり他人に賃貸譲渡して対価を得たりすることは困難であること、潜水船等の維持管理は所有者である亡浅沼の責任であり、その耐用年数を過ぎれば自らの費用で買い替えなければならないことが認められ、以上によれば、借上料は実費弁償的性質だけのものでも、また労働に関連して得られる収入的性質のものだけでもなく、結局右両者の性質を併有しているものと認めるのが相当であるから、借上料のうちその半額を同人の収入とみてこれを逸失利益に算入する。

(12) 被告は、亡浅沼の逸失利益を算定するにあたっては、同人の支払うべき所得税、住民税、共済組合掛金を控除すべきであると主張する。

しかしながら、本来所得税は収入を得た者がその中から納付すべきものである以上、加害者としては被害者が現実に納税義務を負わされているか否かにかかわらず(現行所得税法九条一項二一号は政策的見地からこれを非課税としている。)、その前段階において被害者が取得すべかりし利益を賠償すべきものであるから、被害者の収入額から所得税額を控除すべきでない(最高裁昭和四五年七月二四日第二小法廷判決、民集二四巻七号一一七七頁)。また住民税のうち、所得割額については所得税と同様に解すべきであり、均等割額についてはむしろ生活費の一部としての控除を考えるべきであって、後記(13)の控除額に含まれるものと解される。さらに共済組合掛金は、組合員の疾病、老令等の事由が生じた場合、多くは生存中になされる給付に要する費用の一部負担たる性質のものであり、浅沼の死亡によってその利益が受けられなくなるものであるから、逸失利益の算定にあたってこれを控除するのは相当でない。

(13) (証拠略)によれば、亡浅沼は原告ら三名と同居して同人らを扶養し、原告英樹、同久美を大学まで進学させるつもりであったことがうかがわれ、その他右各証拠により認められる亡浅沼の家庭環境等を考慮すると、亡浅沼の昭和六三年三月退職時までその生活費の収入に対して占める割合は四〇パーセントと認めるのが相当であり、これを亡浅沼の取得しうべき各年度の給与合計額から控除すべきである。

(14) そして右額からホフマン方式により年五分の割合の中間利息を控除して事故当時の現価を算出した。

(二)  得べかりし退職金収入

本件事故がなければ、亡浅沼が六〇才の定年に達した年の翌年である昭和六三年三月三一日まで勤務を続けることが可能であったと認められることは前述のとおりであり、同人が昭和二五年八月から引続き国家公務員として稼働していたことは被告の明らかに争わないところである。そして、同人が右退職時に得られる退職手当の額は、退職時の俸給月額に国家公務員等退職手当法による支給率を乗じて算出されるところ(亡浅沼の場合は同法五条)、退職時の俸給月額は人事院規則九―八、三九条三号による一号俸上位の特別昇給を考慮して二四万五一〇〇円(行(二)一等級枠外二号俸)とみるべきである。また支給率は、本件口頭弁論終結後支給率引き下げのための国家公務員等退職手当法の一部を改正する法律(昭和五六年一一月二〇日、公布法律九一号)が成立し、昭和五七年一月一日から施行されたことは当裁判所に顕著な事実であるので、同法附則(昭和四八年法律三〇号)五項の改正により亡浅沼の退職手当の支給率は被告主張の六三・五二五か月分とするのが相当である。そこで、ホフマン式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して事故当時の現在価額を算出すると、左のとおりその金額は金九一五万五一四七円となる。

245,100×63,525×0.588≒9,155,147(円)

(但し0.588はホフマン係数)

なお、被告は、退職手当の額からも税金及び生活費の控除がなされるべきであると主張するが税金の控除が許されないのは給与の場合と同様であり、退職後の年金や恩給と異なり退職手当は一時に支給されるものであるから、生活費を控除するのも相当でない。

(三)  以上によれば、亡浅沼の逸失利益の合計額は右(一)(二)計三八九一万五二三九円となるところ、本件事故について被害者浅沼に約二割の過失が認められることは前五で認定したとおりであるから、結局同人は逸失利益として三一一三万二一九一円の損害賠償請求権を取得したことになる。そして、同人の死亡により原告らは各々その三分の一にあたる金一〇三七万七三九七円の損害賠償請求権を相続したものと認められる。

2  原告らの慰藉料

(証拠略)によれば、原告らはその夫ないし父である浅沼を突然の事故により失い、多大な精神的衝撃を受けたことが認められ、その他原告らの家庭状況、本件事故の態様、前記浅沼の過失、後記原告千江美については既に給付されあるいは将来給付される各種年金が同原告の財産的損害を超えていることなど諸般の事情を考慮すると、その慰藉料は各原告につき金二五〇万円とするのが相当である。

七、損害の填補

1  原告らが亡浅沼の退職手当として七七六万六二八〇円を受領したことは当時者間に争いがなく、これは受給権者である原告千江美の得べかりし利益の損害賠償債権額から控除すべきである(国家公務員等退職手当法一一条、最高裁昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決、民集二九巻九号一三七九頁)。

2  原告千江美が本件事故後昭和五六年五月までの間に国家公務員災害補償法による遺族補償年金として九〇二万四五四円、福祉施設(奨学援護金、遺族特別給付金)として二二四万三三四二円、計一一二六万三七九六円、国家公務員共済組合法による遺族年金として四二一万一〇九六円の支給を受けたことは当事者間に争いがなく、これらを事故後七年間に毎年同額づつ分割して支給を受けたものと仮定し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の現在価額を求めると、それぞれ九四五万一九三四円(国家公務員災害補償法によるもの)、三五三万三七一一円(国家公務員共済組合法によるもの)となるので、これらを原告千江美の逸失利益の損害額から控除すべきである。

原告らは右の各支給額を原告千江美の損害額から控除することは許されないと主張するが、右給付がいずれも国家公務員の収入によって生計を維持していた遺族に対して、右公務員の死亡のためその収入によって受けることのできた利益を喪失したことに対する損失補償たる性質をも有し、その利益は死亡した者の得べかりし収入によって受けることのできた利益と実質的に同一同質のものと解され、その他国家公務員災害補償法五条、国家公務員共済組合法四八条の趣旨を考え合わせると、右原告らの主張は採用することができない(前掲昭和五〇年一〇月二四日最高裁判決)。

被告は、原告千江美に対して支給した国家公務員災害補償法による葬祭補償、国家公務員共済組合法による災害給付弔慰金についても同原告の損害額から控除すべきであると主張するが、前者については葬祭費が葬祭を現実に実施することにより直接生じ、もしくは生ずべき損害の補償としての性質を有するものであって、原告らが本訴において請求する損害とは異種のものであること、後者についてはこれを損害額から控除すべき理由が明らかでないことからすると、これらを原告千江美の損害額から控除するのは相当でない。

3  被告は、原告千江美に対する国家公務員災害補償法及び国家公務員共済組合法による前記遺族年金等の支給見込額についても損害から控除すべきであると主張するが、将来の遺族年金等の給付見込額は不確定、不安定な要素があることや現時点で将来支給される分まで控除すると被害者は損害賠償債権につき分割弁済を強いられることなどからすると、控除するのは相当でない(最高裁昭和五二年一〇月二五日第三小法廷判決、民集三一巻六号八三六頁)。ただ、(証拠略)によると、右各法による支給見込額は被告主張のとおり合計金五九八二万九九四五円とかなり多額になることが予想されるので、原告千江美の慰藉料の斟酌事由とするのは差し支えない。

4  右1、2を合計すると、前項で認定した原告千江美の逸失利益の損害賠償債権額を超えることになるので、同原告には慰藉料の請求権のみ残ることになる。原告英樹、同久美の損害賠償債権額は変りがない。

すなわち、右1、2はいずれも浅沼が取得し原告千江美が相続した逸失利益の損害賠償請求権の減額事由たる性質を有し、認定された財産的損害額を超える分が填補されたとしても、慰藉料算定の斟酌事由とすることは差し支えないものの、超過分を同原告固有の慰藉料から控除することはできない(最高裁昭和三七年四月二六日第一小法廷判決、民集一六巻四号九七五頁)。同様に、右超過分を他の原告の賠償債権額から控除することもできない(前掲昭和五〇年一〇月二四日最高裁判決)。

八、弁護士費用

原告らが被告において本件の損害賠償金を任意に支払わないため弁護士を依頼して本訴を提起したことは記録上明らかであり、本件訴訟の難易、請求認容額その他一切の事情を勘案すると、本件事故による損害として原告らが被告に対し請求しうる弁護士費用は、原告千江美につき五〇万円、原告英樹、同久美につき各一二〇万円と認めるのが相当である。

なお、弁護士費用は事故後被害者の請求に加害者が応じなかったことが請求権発生の大きな原因であり、その出費の多くが後日になることが予定されているもので、判決確定の日に一括弁済期が到来すると解するのが相当であるから、遅延損害金は被告主張のとおり判決確定の日の翌日から発生するというべきである。

九、結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、原告千江美につき前六、2の慰藉料二五〇万円及び前項の弁護士費用五〇万円の合計金三〇〇万円、原告英樹、同久美につきいずれも前六、1の逸失利益一〇三七万七三九七円、同2の慰藉料二五〇万円及び前項の弁護士費用一二〇万円の合計金一四〇七万七三九七円、並びにこれらのうち弁護士費用を除いた各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四九年九月二二日から、各弁護士費用に対する本判決確定の日の翌日から、各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余の各請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言は相当でないからその申立を却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西内辰樹 裁判官 清田賢 裁判官 上原健嗣)

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